〜S市市役所HPより転載〜ついにこの時がやってきた。
5月、島の第九の練習が始まった時はまだまだ果てしないステージだと思っていたが、半年間は飛ぶように過ぎ、とうとう本番を迎えることとなった。
前日は、舞台衣装の黒スカートを着用してひな壇に登る練習までした。スポットライトも本番同様ガンガン浴びた。朝比奈先生はおっしゃった。「大丈夫、きっとこの第九は成功します。でも油断しないで」
そのときから、わたしはなんだか夢ごこちであった。クラシックの演奏会に参加するなんて、とある島に住んでいる自分の出来事とは信じられず、ものすごい非日常の空間にいる気がしていた。
当日リハーサルで、初めて神戸フィルのオケとあわせてみる。ステージ上に並び「天国的に長い」三楽章をじっと聴く・・・目の前には輝かしいティンパニがそびえ、金管群が居並んでいた。
・・・ダメだ! なんだか自分の声がオケに跳ね返ってしまって飛ばない感じがする。回りの声ともあわず、つまってしまう。せっかくここまで来たのに、本番は不甲斐無い結果に終わってしまう予感がしてものすごくテンションが下がってしまう。
その日は島にも冬将軍が到来し、そのうえ冷たい雨が降り注いでいた。薄い白ブラウスの衣装で冷え入る空気に触れ、気が引き締まる。
12月4日18時、S市市民会館最期の演奏会が始まる。ベートーヴェン「交響曲第九番ニ短調”合唱付”」。
合唱の出番まで、オケの音にじっと耳をすます。この一年間の出来事、自分のこれまでの生き様、いろんな思いや記憶が音楽に乗って頭をめぐる。ベートーヴェンは同じように自己の内面を見つめ曲を考えたのだろうか・・・そしてソプラノの出番――
第一声で、自分の声の響きをつかんで思い切って飛ばすことが出来、その瞬間この演奏の成功を確信したのであった!
あとは全身の力を出して音楽に乗ればよかった。あまりにもふんばったので手足のしびれを感じたが、それよりも今流れている演奏の感動のほうが大きかった。この客席に、いや全世界中にこの歌を届けなければ! ステージ上の私は本気でそう思っていた。
歌った、歌いきった。大感動であった。ひな壇の上で大泣きしたかった。が、それは恥ずかしいのでこらえた。
合唱団の人々は、みんな万面の笑みを浮かべてステージを後にしていた。後日聞くところによると、曲の最期ではあまりにもの迫力に舞台が振動したそうである。第九演奏は多かれど、ここまで市民一人一人の思いが力となった演奏はそうないであろう。島の奇跡ともいうべき、記念すべき演奏。
ありがとう、フロイデ!!